クイーン・スレプト

 風に巻かれて街は色を変えていきます。擦り切れながら影は揺らめいています。陽に覆われて手は色を失っていきます。焼き付けながら瞳は乾き切っています。空の重さに身を任せて、今にも抜け落ちてしまいそうな腰。まばらに張り付いた苔は少し湿っています。蝉の声は遠く。木陰には玉のような地鳴きが重なります。針のような細い命が皺だらけの地面に突き立っています。ひび割れていて、ちょうど、象の肌がこんなだったと思い出します。

 日は落ちていきます。はしゃぐ雲の手が掴みにかかっているけれども、落ちていくのです。上ではオレンジと海が滲んでいます。何かを告げるような、あわいの跡。それを追いかける鳥の群れ。折り紙のようですね。だから近づきすぎては燃えてしまって、灰になって落ちてしまいそう。落ちた先には、飛び立っていく先には何があるのでしょう。緑はあるのでしょうか。そもそも果てはあるのでしょうか。きっとあるのでしょう。鳥の渡りにも、人の歩みにも。さっき駅の底へ潜っていった人にも。

 あなたにも、あるのですか。あるのならば、そこが暖かなところであれば、あなたはさぞ喜ぶことでしょう。あなたの約束はいつも夢の上に漂っていました。夢のようでした。夢とはやがて醒めるものなので、どれもこれも消えていってしまいましたが、あなたとの日々は夢のようでした。肩を寄せ、鼻を見つめ、耳を広げ、まどろみの中で、平らかな地を踏み、確かなものを探し、名前を呼んでみせ、たくさんの話を持っていき、互いの幸せを信じて、世界に逆らうように笑っていた一年間。

 制度に満たない関係では、あなたを繋ぎ止めることはできなかった。口約束といえば確かにそれまでです。ですから永遠があればと、願っていたのです。願いとは星の輝くのと同じだ、と教えてくれたのはあなたでした。あなたがたくさん教えてくれたことの一つです。そのとおりでした。星が死ぬのと同じでした。潰えてはじめて光を放ち、幾星霜をかけて、もうとっくに果ててしまった命のきらめきを、どことも知らぬ人のもとへ届けにいくのですから。

ですから、またこれまでのように、示し合わずとも日曜日の午後に、あなたがここへ来てくれたら、という願いも、今日に果たされることはないのでしょう。

 またいつものように…………あなたの言う、いつも、とはいつのことですか。あなたの一年は、それほど短いものだったのでしょうか。ひと月前のように、なんでもない時間を過ごしませんか。終わりにしてしまったら、その先に続くものはあるのでしょうか。ああ。返事はないとわかっていても、頭の中では、そんな言葉が絶えません。

 オレンジはずっと遠くに。辺りには沈むような青が埋め尽くしてしまいました。高くから降り注いだ日ざしも、もうずっと遠くへ行ってしまいました。木陰も青に呑まれて消えてしまいましたし、鳥たちも見えないところまで飛んでいってしまいました。この場所で転がしていた時間。あなたはきっと知ることもないのでしょう。もう、あなたが来ることはありません。あなたは、またいつものように会って話そうと言いましたが、もう二度と、あなたと顔を合わせることはないでしょう。あなたとのこれまでを忘れることなど、できないのですから。

 ですから、どうか、あなたが安らかでありますように。あなたのまなざす道の先が、どうか、庭の花園のように、暖かでありますように。これから先に出会う人の誰かが、どうか、あなたの幸せを信じられる人でありますように。幸せが何かなんて教わっていません。あなたはただ無根拠に幸せだと口にしていました。そんな軽やかな言葉を、いつまでも覚えています。どれも勝手な願いです。いつか届くことを祈って。あなたがどうか…………どこでもいいから、穏やかでありますように。

 風に巻かれて時間は流れていきます。擦り切れながら日々は忙しなく過ぎていきます。腰かけていた石から離れ、駅の底へと滑り出します。真白い灯光に包まれながら、あなたとの時間を置いて、取り替えられたばかりの改札口を潜り抜けました。

このおはなしはここでおしまいです。
最後までお読みいただき本当にありがとうございました。