はやけ

 しめやかに暮れた夕色の窓へ、何心もなく指を這わせてみる。埃が吸い付いて滑らかな感触。傍の机で即座に拭いてみせたけれど、ぼんやり映った自分の顔が、心なしか咎めているようで、やり場に困った手を、私はゆっくりとゆっくりと、飴でも盗むかのような動作で、つーっと植木鉢の縁へと置いた。陽にあてられて暖かな肌触。そのまま縁伝いに滑らせると、ほどなくして柔らかな、そしてまた暖かな、土の寝床へ突き当たる。指の腹から熱が滲透する。それはたとえば……願掛けに握りしめてくれるような、あるいは、寒空のもと抱きしめてくれるような……押し込めば押し込む分だけ、包み込んでくれる優しさがあった。離れがたい温もりがあった。

 ふぅ。と、誰に聞かせるでもなく、終止符じみた吐息をこぼす。そこには一つの諦めと嫉妬とがあった。羨望と言ってもいいかもしれない。こんな温もりに日がな一日あやかっている、そこのバラが、私は羨ましかった。もっとも、園芸部の仕事には不要な感情なのだし、いくら募らせても仕方がないのだけれど。どうにも自分と重ね、同時に比べてしまう。大きいだけで冷え切った身体。小さいのに活力に満ちた葉条。バラに心があるのかは分からないけれど、あったとしてもどこにあるのか分からないけれど、もしあるのなら、きっと私と違って、日の色をしているのだろう。

 廊下では転がるような笑い声が過ぎていく。対して教室には緩やかな時間が過ぎていく。そのただ中で、ひとり淡々と、部活の後仕舞いをこなしている。といっても、そんな大それた作業ではない。使ったものを洗ったり拭いたりして片付けるだけ。じょうろの頭に水を流し込み、軽く揺すったあと、水やりと同じ要領で口から水を吐き出させる。空になったら中の水を拭き取る。濡れそぼった布巾を眼下の流し台で絞って、今度は口先の蓮の目を軽く撫でる。ここに塵や泥が溜まると面倒なことになるから、手間だとはいえ小まめに処理しておかないといけない。もう一度、ぎゅっと手に力を入れて、布巾の蓄えた水分を絞り出す。それが済めば、あとは元の場所へ掛けておいて、今日のところは終いだ。

 最後に一通り、鉢の様子を確認する。あくまで形式的なもののはずなのだけれど、私は、この時間が好きなのだ。すべてを忘れて、目の前の命に、すべてを委ねられる。視線を、注いだ分だけ、応えてくれる。喋ってくれることはなくとも、行き場のない気持ちを受け流してくれる。

 はじめは気まぐれだった。放課後の静寂を背にして花を眺める自分に酔うためだった。いざ浸ってみると、なんとも心地よくて、身も心も、シャボンにくるまれるようだった。それは今も…………今だって、くるまれている。毎日だって、くるまれていたい。けれど。泡の命はそう長くない。ふっ、と吹いてしまえば、触れてしまえば、ぱっ、と弾けて失くなってしまう。そういうものだった。それは冬眠に近かった。図体が大きくて動きがのろいことから、奇しくも「熊さん」なんて言われたこともある私には、お似合いなのかもしれない。

 本音を言えば、メリットだってある。黒板を見やすい、なんて、つまらないものがせいぜいだけれど。裏を返せば、背が高くて嬉しかったことなんて、ほとんどない。小さい方が可愛いから、やっぱり小さい方がいい。私の腕ほどもない背丈の茎を支えに、私の指ほどもない細さの葉柄をぶら下げて、私の手の平ほどもない慎ましさの葉っぱを携えている、そこのバラは、やっぱり可愛かった。可憐で、愛らしかった。幾重にも束ねられた花びらの渦、薄赤の渦には、私の身体を飲み込まんとしているほどの迫力があった。逆光に脚色されているとはいえ、たかが一輪と侮ってはいけない……そう感じさせるほどの気迫がある。花は…………私の顔より、ずっとずっと小さかった。

 なんて。いつもの物思いにふけていたら、いつもは見ない葉の変色に目がいった。焦げたような茶色。栄養は足りているだろうから、おおかた葉焼けか。そういえば、昨日と一昨日、文化祭の撮影用だとかなんとかで、二日連続も屋外に晒しっぱなしになっていたのだった。華があるからね、と事あるごとに園芸部のバラが駆り出される。その重労働の代償が、これか。この、葉先から大きなインクを垂らしたように広がっている、赤とも茶色とも言えない、染みにも似た日焼けの跡。すなわち勲章だった。

 ……と、労いたい気持ちも山々だけれど、他の葉っぱの健康を考えると、焼けた葉っぱは、速やかにカットしておかなければならない。葉のほとんどが焼けているから、いっそ根本から剪らなくてはならない。未来のない頑張り屋さんを剪り棄てて、未来のある気まぐれさんに繋げる。縮図じゃないか、と自嘲めいた息も、なくはなかったけれど、それ以上に、これまで掛けてきた世話の数々を思うと、どうあれ暗いものが胸を刺す。

 断腸の思いで剪定を終えた私の手は、見えない泥にまみれていた。手を開いてみせると、それがちょうど葉っぱに見えて、思い出されてしまって、俯き加減に、たんっと拳をつくる。見なくて済むから、という逃避する意思と、辛労に報いるため、という奮い立つ意志との両方があった。ひっくるめて、前を向けた。これも縮図だった。きれいなバラの花も、咲いている後ろには、下には、犠牲があることを知りながら、それでもなお、可憐に、誇らしげに大手を広げている。その姿を目にして、私は一つの物語を思い出す。

 遠くの枯れた星には王子さまがいるらしい。星でただ一輪だけのバラを、その王子さまは手間暇こさえて世話するのだけれど、バラがおしゃべりなせいで、ふたりは喧嘩になって、王子さまの方は激情に身を任せて、別の星へ旅立ってしまったらしい。一方、バラはひとり残されたまま。そこからは色々な出会いを経て、結局は、いくらものバラを旅先で見てしまった王子さまが、改めてバラの大事な理由を思い直して、星へ還ってくる……という顛末らしいのだけれど。

 私は果たして…………できるだろうか。たった一輪のためだけに、愛を知り、責任を引き受け、そして、愛を証明してやることが、私のような小心者に、できるだろうか。いのちに報いて覚えていることが、できるだろうか。答えを出すには、どうやら私は幼すぎる。その本の中では、曰く、時間をかけたから特別なんだよ、という結論だった。なら、私のかけてきた、この先かけられる時間は、一体どれほどなのか。胸に刻んで離れないほどの重さがあるのか。王子さまは四六時中ずーっと相手してやれたのかもしれないけれど、私の星には学校があって、授業があって、塾があって、生活があるのだから、王子さまに到底及ぶはずもない。

 こんな悩みも一切無視してバラは咲き誇っている。少しでも心地よく居てもらえるよう、私も他の部員も手入れを欠かさない。だから、思い出にはなるのかもしれないけれど、それはきっと心もとなくて、それこそシャボンのように中空で漂っているだけのものでしかないだろう。こんなものに優劣をつけるのもどうかと思わないではないけれど、欲を言えば、思い出以上のなにかを持っていたい。

 思い出以上の何か…………

「ミオー、まだ帰んないのー?」

 呼び声が、霧のような時間をつんざいた。隣の部室にいたらしい滝尾さんの声だった。不意に名前を呼ばれて虚を突かれた私は「もうすぐ帰る」なんて声も出せないまま、少々誇張して申し訳なさそうに指を立てた。向こうもサインを察知してくれたのか、同じくグッジョブサインを掲げながら、ひらひらとドアの影へ舞い戻っていった。それを視線だけで見送ったのち、今度こそ帰る支度を始める。我ながら切り替えの速さに驚いてしまう。こうして時間と生活とに流されて、思い出になって、いつしか遠くまで離れてしまって、たくさんのものが見えなくなってしまうんだろう。走り去っていくのは当然、バラより長く生きる私。そんな私が…………できることといえば、

「あ」

そうか。私にも、あるじゃないか。誰にでもあって、けれど、このバラには、まだないもの。私だって、滝尾さんだって、自ら手にしたものではなくて、親から譲り受けたものだけれど。当たり前すぎて、とっくに忘れかけていたものだけれど。

 名前。そうだ、名前だ。バラには名前がなかったんだ。バラは、名前じゃない。けれど。たとえ日向で萎れてしまおうとも、たとえ日陰で枯れ果ててしまおうとも、たとえ鉢に詰めた土くれを捨ててしまおうとも、たとえ、卒業してしまおうとも、名前があれば、私は、私の胸に、いつまでも、バラの記憶を、いだいておける。いつだって、このバラのことを思い出せるはずだ。名前は最後に残るものだから。最後まで、いだいておける。

 昨日のバラはただ名前だけだし、今日のバラは名前がないけれど。

 明日のバラには名前があったら、それはきっと、私のバラだろう。

 さて、どんな名前がいいかな。

 寂れた窓辺でも健気に。

 焼けるほどの日向でも孤高に。

 小さくとも可憐に。

 冷えた心も涙も、くるんでくれる、そんなバラに似合う名前は…………………………

このおはなしはここでおしまいです。
最後までお読みいただき本当にありがとうございました。