春めく風合いの砂浜をひと足先に盗もうとして掬い取ってはみるけれど、まもなく手のひらと指と指との合間から流れ落ちていく。きみはそれを笑いながら器をかぶせるみたいにしてゆっくりと削り取っていく。よくばりだよとわたしも笑う。やっぱり指を拡げればさらさらだらだらとこぼれ落ちていくのだけれど、それでもきみの手のなかにはつつましく残るものがあって。それを宝ものみたくぎゅっと握りしめるから、わたしの目にもふしぎときらめいて映った。なんでもないただの石ころなのにね。
きみが名前を教えてくれるから、わたしのなかでまた一つ特別が増えていく。名前のなかった日常にあなたのかげが増えていく。それがきっと思い出ということ。わたしひとりだったら目にもとめずに取りこぼしてしまう砂粒みたいな小さなかけら。それをきみから手渡されて、まねしてわたしも大切そうに抱えこんでみる。一方きみの足は軽やかに渚のほうへと跳びはねていって。気づけばサンダルも脱ぎ捨てて、ひちゃひちゃと泥まみれの波打ちぎわで踊っていた。あとを追ってわたしも靴を置く。
きみもわたしもなるたけ裾をまくしあげて、もろとも濡れてしまわぬよう砂と海とのあいだにまたがって座る。渚はいつもぐちゃぐちゃだ。陸も海も空も人も混じり合ってしまうもの。そんなうやむやなところだからときみはいつもわたしの手をとってここへ連れてくる。いつもは煮えきらない返事ばかりよこすきみも、ここでだけは隠したホントをこぼしてくれる。これも一つのふしぎ。わたしたち二人きり。季節はずれの海水浴。
色も形もないような話を順番に溶かしていきながら時間は遠慮もなく流れていった。日はまだ沈まないけれども空はこうして燃えているのだから、わたしたちは小さなタオル一枚を引っ張りあって脚を拭いてから、名残惜しそうに重い足取りで向こうのコンクリートの階段のほうへ歩いていく。また来よう、またそのうち、またいつか、と小さな約束をたくさんしてから、きみはさよならを言わずに駅のほうへと走っていった。
手を振ろうとしたとき、ふと、そののなかにあるものを思い出した。ずっと握りしめていたから忘れていたもの。今となってはやっぱりただの石ころにしか見えないけれど、ついさっきまでは宝ものみたくきらめいていたもの。そのきれいだった時間をうやまって、わたしはその、きみがきれいと言った思い出のかけらを、思い出のままにしておくのはなんともおそろしかったので、しまい込むのではなくて、また一つ、紐に通すことにした。こないだの貝殻のとなり。そろそろ紐いっぱいにあふれて隙間のなくなってしまうほど。こないだと、そのまたこないだのかけらたち。
記憶をつなぎとめておくにはあまりに頼りない細い紐だけれど、わたしたち二人の秘密をひとつなぎにする確かな証。きみは写真を撮らないから、こうしてわたしだけの思い出にしておきたくて。今度もまた首から下げてきみに会いにゆこう。やがていっぱいになって紐が切れてしまっても、それはそれで願いが叶うかもしれないから、これからもまた行方をくらますようにあの海でたまたま偶然に出会ってしまおう。きみの秘密も身につけていられるように。
このおはなしはここでおしまいです。
最後までお読みいただき本当にありがとうございました。
神秘日和
春めく風合いの砂浜をひと足先に盗もうとして掬い取ってはみるけれど、まもなく手のひらと指と指との合間から流れ落ちていく。きみはそれを笑いながら器をかぶせるみたいにしてゆっくりと削り取っていく。よくばりだよとわたしも笑う。やっぱり指を拡げればさらさらだらだらとこぼれ落ちていくのだけれど、それでもきみの手のなかにはつつましく残るものがあって。それを宝ものみたくぎゅっと握りしめるから、わたしの目にもふしぎときらめいて映った。なんでもないただの石ころなのにね。
きみが名前を教えてくれるから、わたしのなかでまた一つ特別が増えていく。名前のなかった日常にあなたのかげが増えていく。それがきっと思い出ということ。わたしひとりだったら目にもとめずに取りこぼしてしまう砂粒みたいな小さなかけら。それをきみから手渡されて、まねしてわたしも大切そうに抱えこんでみる。一方きみの足は軽やかに渚のほうへと跳びはねていって。気づけばサンダルも脱ぎ捨てて、ひちゃひちゃと泥まみれの波打ちぎわで踊っていた。あとを追ってわたしも靴を置く。
きみもわたしもなるたけ裾をまくしあげて、もろとも濡れてしまわぬよう砂と海とのあいだにまたがって座る。渚はいつもぐちゃぐちゃだ。陸も海も空も人も混じり合ってしまうもの。そんなうやむやなところだからときみはいつもわたしの手をとってここへ連れてくる。いつもは煮えきらない返事ばかりよこすきみも、ここでだけは隠したホントをこぼしてくれる。これも一つのふしぎ。わたしたち二人きり。季節はずれの海水浴。
色も形もないような話を順番に溶かしていきながら時間は遠慮もなく流れていった。日1
はまだ沈まないけれども空はこうして燃えているのだから、わたしたちは小さなタオル一枚を引っ張りあって脚を拭いてから、名残惜しそうに重い足取りで向こうのコンクリートの階段のほうへ歩いていく。また来よう、またそのうち、またいつか、と小さな約束をたくさんしてから、きみはさよならを言わずに駅のほうへと走っていった。
手を振ろうとしたとき、ふと、そののなかにあるものを思い出した。ずっと握りしめていたから忘れていたもの。今となってはやっぱりただの石ころにしか見えないけれど、ついさっきまでは宝ものみたくきらめいていたもの。そのきれいだった時間をうやまって、わたしはその、きみがきれいと言った思い出のかけらを、思い出のままにしておくのはなんともおそろしかったので、しまい込むのではなくて、また一つ、紐に通すことにした。こないだの貝殻のとなり。そろそろ紐いっぱいにあふれて隙間のなくなってしまうほど。こないだと、そのまたこないだのかけらたち。
記憶をつなぎとめておくにはあまりに頼りない細い紐だけれど、わたしたち二人の秘密をひとつなぎにする確かな証。きみは写真を撮らないから、こうしてわたしだけの思い出にしておきたくて。今度もまた首から下げてきみに会いにゆこう。やがていっぱいになって紐が切れてしまっても、それはそれで願いが叶うかもしれないから、これからもまた行方をくらますようにあの海でたまたま偶然に出会ってしまおう。きみの秘密も身につけていられるように。2